めぇでるコラム
さわやかお受験のススメ<保護者編>第8章(4)何にもないのかな【六月に読んであげたい本】
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「めぇでる教育研究所」発行
2019さわやかお受験のススメ<保護者編>
~紀元じぃの子育て春秋~
「情操教育歳時記 日本の年中行事と昔話」
豊かな心を培う賢い子どもの育て方
-第31号-
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第八章 (4) 何にもないのかな
【六月に読んであげたい本】
梅雨というと、三題噺(お客さんから3つの題を出させ即座に一席の落語とする
もの)ではありませんが、「あじさい、かたつむり、かえる」です。しかし、最近、
かたつむりやかえるはどこに行きましたかね、見かけなくなりました。洋食が苦
手な私ですが、後学のため食べましたエスカルゴ、美味しかったですが、「梅
雨が来たから食べるか」とはなりませんで、わずか1回だけでした(笑)。
かえると雨、これにも、おかしな因果関係があるようです。おもしろい話があり
ます。これから紹介する「かえるの親子」、人間の親子関係にもいえそうです。
過保護な母親に育てられたわがままな子が、少子化に加え核家族化も進む
中で増えているようです。一人っ子では、何が過保護なのかわからないのかも
知れません。しかし、やがて子どもは、一人で生きていかなければならない、
“頼れるのは自分だけ”の生活が待っていることを、親は忘れてはならないでし
ょう。
自己中で、他人との関わりがうまくできない若者が増えています。
最近の脳科学者の話では、自己抑制力の臨界期は3歳まで、協調性や社会
性の臨界期は12歳までといわれているようです。臨界期とは、その時期を過
ぎると、ある行動の学習が身につかなくなる限界の時期をいい、モンテッソーリ
のもっとも盛んに活動し成長する時期、「敏感期」と同じであると考えればわか
りやすいと思います。言葉の敏感期を過ぎると、真偽は定かではないそうです
が、インドの狼少女のように、人は言葉を話せなくなります。
誤解を恐れずにいえば、3歳は自立の始まる時期、幼稚園は自律心を養い、
社会性や協調性といった集団生活への適応力の基礎を築く時期、6年間の
小学校生活は、それらをきちんと身につける大切な時期です。
幼児期から小学校時代に、人としての配線図は、組み立ててしまわれるわけ
ですね。「三つ子の魂、百まで」「鉄は熱い内に打て」、先人の教えには、無駄
がありません。「鉄は熱い内に打て」は、英語の“Strike while the irons hot”を
訳したことわざだそうです。(「故事ことわざ辞典」より)
※マリア・モンテッソーリ
イタリア、ローマの精神病院で働いていた女医。知的障害児へ感覚教育を実
施し、
知的水準を上げる効果を見せ、1907年に貧困層の健常児を対象にした保
育施設
「子どもの家」で独特の教育法を完成させた。モンテッソーリ教育の行われる
施設を
「子どもの家」と呼ぶようになった。 (ウィキペディア フリー百科事典より)
◆あまがえる不孝◆ 八百板 洋子 著
むかし、かえるの親子がいました。母さんがえるは、子どもをかわいがっ
たのですが、子がえるは、親のいうことを聞きません。母さんがえるが、右に
行こうというと左に行くし、山に登ろうというと川にもぐり、暑い日というと寒い
日と逆らうのです。
ある日のこと、母さんがえるは、重い病気にかかりました。助からないとあ
きらめた母さんがえるは、墓だけは、日のよく当たる、山の上に作ってほしい
と思ったのですが、何事にも逆らう子がえるのことです。山に埋めてほしいと
いえば、川のそばに埋めるに違いありません。
考えた母がえるは、
「私が死んだら、川のそばに埋めるのだよ」
といって、息をひきとったのでした。母さんがいなくなると、子がえるは、逆
らってばかりいたこ
とを後悔し、反省して、川のそばにお墓を作ったのです。
雨が降れば川の水も増え、お墓は流されそうになります。心配な子がえる
は、雨が降るたびに、お墓が流れないようにと、今でも鳴いているのだそう
です。
六月の話 あまがえる不孝 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修
日本民話の会・編 国土社 刊
親不孝な動物話の典型ですが、中国や朝鮮にも同じ話があることから、大陸
から半島を経て伝わったものと考えられます。「日本は文化の吹き溜まり」とも
言われていますが、自国流にアレンジし、生活の中に取り込んでしまう知恵を、
我がご先祖は、身につけていたようです。
青蛙 おのれもペンキ ぬりたてか 芥川龍之介
こういった情景に出会うのは、もう、無理かもしれませんね。
霧雨が似合うあじさい、咲いているうちに色が変わることから「あじさいの七変
化」といわれ、花言葉では「移り気」「浮気」などと芳しくありません。一方で「辛
抱強い愛情」「あなたは美しいが冷淡だ」などといったものもありますが、後の
方が似合う気配が漂っているような気がします。
漢字では「紫陽花」と書きますが、これは唐の詩人・白居易が、別の花(この花
の名前はわかりません)に名づけたものを、平安時代の学者、源順がこの漢字
を当てはめたことから、誤って広まったといわれているそうです。
(ウィキペディア フリー百科事典より)
ところで、今、かえるの合唱を、聞く機会はあるでしょうか。とにかく、ものすご
い鳴声でした。
しかし、この鳴声が、何やら豊作の雄叫びのように聞こえ、子ども心にも、安心
したものです。雨がしっかり降って、田植えが終わらないことには、かえるの合
唱は聞こえませんから。
その田植えについてですが、おかしな話があります。
◆田うえねこ◆ 水谷 章三 著
むかし、ある家に、年を取り寝てばかりいる猫がいました。
田植えの時期になり、おかみさんは、
「お前さんはいいね。猫の手も借りたい忙しいときに、寝ていられるのだか
ら」というと、猫は大きなあくびをして起き上がり、どこかへ行ってしまったの
です。
その日は、田植えのおしまいの日で、大勢の人が手伝いに来ていました。
おかみさんもわき目もふらずに田植えをしていましたが、見知らぬ娘さんが
いて、仕事ぶりが、手際よく鮮やかなのです。それに負けてなるものかと若
い衆も張り切ったので、夕方にならぬ内に終わったのでした。
娘さんにお礼をいおうとしましたが、見当たりません。探していたところ、そ
の娘さんが背中を見せて、歩き去っていくではありませんか。追いかけてい
くと、おかみさんの家のところで姿を消し、探したのですが、見つかりません。
ところが、今朝、拭いたはずの縁側に、猫の足跡のような泥の跡がついてい
たのです。足跡をたどっていくと、家の隅っこの所で、猫が泥だらけの足を
なめていました。
「お前のことを、うらやましいといったものだから、娘になって田植えを手伝
ってくれたのだろうか。猫は、年をとると化けるというけれど」
と、おかみさんは、猫の顔をのぞきこみました。すると、猫は足をなめるのを
止めて、前足でおかみさんのひざをグイと押さえて立ち上がり、背伸びをし、
そのままどこかへ行ってしまい、二度と姿を見せることはありませんでした。
六月の話 田うえねこ 松谷みよ子/吉沢和夫 監修
日本民話の会・編 国土社 刊
「猫の手も借りたい」忙しいときに、猫が手を貸すのがおかしいですね。この話
も全国に、いろいろな形で語り継がれています。お地蔵さまが、見知らぬ若者
に姿をかえて手伝う「田植え地蔵」などは、よく知られているようです。猫の足
が泥だらけだったように、お地蔵さまの足が汚れていたのでわかる仕掛けは、
同じです。
今度は、恐い話です。
◆かにの恩返し◆ 根岸 真理子 著
むかし、ある村に、庄屋どんと娘が住んでいました。娘は、かにが子を生む
頃になると、庭の小川で米をとぎ、その汁を流してあげたのです。かには、
嬉しそうに飲んでいました。
ある年のこと、日照りが続き、田植えができません。
庄屋どんは、雨さえ降らせてくれたら、娘を嫁にやろうというと、それを蛇が
聞いていたのです。
やがて、雨が降り出し、田植えができると、村の人たちは喜びました。
その時、庄屋どんの足元で、
「約束を破れば、大雨を降らせ田畑を流すぞ」
といい残し、蛇は姿を消したのでした。しかし、嫁にやるわけにはいかず、
庄屋どんは庭に頑丈なお堂を建て、娘を入れることにしたのです。
嫁入りの日が来ました。
娘は、白い着物を着て、お堂に入り、中から鍵をかけました。そこへ、若侍
が現われ、お堂に戸口がないのを知り、怒り、姿を大蛇に変え、お堂を七巻
きに巻きしめたのです。すると嵐になり、蛇は、雨風の力を借りて、お堂を根
こそぎつぶそうと、揺さ振り始めました。
その時、娘の耳に、タプタプと寄せる水音に交じって、サワサワ、サワサワと
小さな音が聞こえてきたのです。音は、次第に数を増して、お堂のまわりを
取り囲みました。すると、ドォン、ダァンと何やらのたうつ音がして、サワサワ、
ドォン、ダァン、と、二つの音は、低く響き続けました。
やがて音が止み、ひび割れたお堂の透き間から、朝日が射し込んできたの
です。
庄屋どんに、手を引かれて外に出た娘は、老いた松の木のような大蛇が、
お堂の周りを取り巻
き、転がっているのを見たのです。そして、めくれ上がったうろこの下には、
娘にお米のとぎ汁を
もらっていたかに達が、一匹、一匹、はさみつき、そのまま死んでいたので
した。
六月の話 かにの恩返し 松谷 みよ子/吉沢 和夫 監修
日本民話の会・編 国土社 刊
この他に、蛇をやっつけるのにひょうたんと針を使ったものや、蛇に変わって、
猿やかっぱの場合
もあります。これもお馴染みの民話でしょう。
かにの恩返し説話は、古くから語りつがれ「日本霊異記」や「今昔物語」に記
録されています。学生時代に、京都の山城の町にある蟹満寺というお寺を訪
ねた時、この話とそっくりの「蟹満寺縁起」が残されていました。
それにしても、悪役の蛇は、哀れです。
もとはといえば、約束を破った庄屋どんが、その責めを受けるべきです。
事実、進学教室でこの話をした時に、「悪いのは庄屋さん!」と、不満そうにい
った女の子達が何人もいました。子ども達は、「事の善し悪し」を考え、自分な
りに判断し、それを言葉で表現できる年齢に差し掛かっています。こういったこ
とからも、「話の読み聞かせ」は、ご両親の大切な仕事であることがわかります
ね。
また、「安珍清姫」の話も、大きくなったら妻にしようと戯れにいったことを信じ
た清姫が、だまされたことを知り、道成寺に逃れ、釣り鐘に隠れた安珍を、蛇
に変身した清姫が七巻にして殺しますが、これも悪いのは、戯言(ざれごと)を
いった安珍です。
「か弱き女性をだますと、あとが恐いよ!」
と、その執念深さを、蛇が演じているだけに、一層、説得力がありますね(笑)。
仏教には殺生、妄語、偸盗、邪淫、飲酒を戒めた五戒がありますが、庄屋は、
動物の妻にするのは邪淫戒になり、嘘をついたので妄語戒と二つの戒めを破
り、安珍は嘘をついたので妄語戒を犯したにことになりますから、それぞれ厳
罰を受けるのですが、庄屋は助かるのは、子どもが聞く昔話だからでしょうが、
子どもたちはしっかりと怒っていますね。(偉い!)
もう一つ紹介しましょう。
きつねが人を化かす話も、むかし話にはたくさんありますが、新美南吉の「ご
んぎつね」の悲しい結末と違い、ほのぼのとなる話があります。
◆きつねのかんちがい◆
むかし、あるところに、惣五郎という若者がいました。
ある年の田植どきのことです。惣五郎さんは三反御作(広さ三十アール)も
あるたんぼを、一日で田植えをし、家へ帰る途中、畑の中にある井戸水を
飲もうと、つるべ(水を汲み上げる桶)を上げると、その中に、溺れ死んだ子
ぎつねが、入っていたのでした。惣五郎さんは、かわいそうに思い、畑の隅
に穴を掘って埋めてあげました。
ところが、夜中に大勢の人が声を合わせて、
「お田を引いたで惣五郎! 三反御作みんな引いただ!」
と、怒ったような声で歌い、二、三回繰り返すと静かになったのです。惣五
郎さんは、不思議に思ったのですが、そのまま眠ってしまいました。
翌朝、たんぼへ行くと、田植えをしたばかりの‘三反御作’の苗が全部、引き
抜かれていたのです。きつねの仕業かなと思った惣五郎さんは、子ぎつね
を埋めた所へ行ってみると、穴は、掘り返されていました。きつねは、勘違
いをしたなと思った惣五郎さんは、きつねの棲んでいそうな竹薮や、林の中
を歩きながら、
「死んでいた子ぎつねを拾い、お墓を作ったんだ。誤解しないでくれ!」
と、大声で叫んだのです。
すると夜中に、
「お田引いて すまなんだ! 三反御作 また植えたあ!」
と、二度ほど繰り返し歌い、静かになったのです。
あくる朝、戸をあけると大きな鏡餅が一枚置いてあり、三反御作の苗も、植
え直してありました。
惣五郎さんは、きつねに気持ちが通じたことがわかり、とても嬉しかったの
でした。
新訂・子どもに聞かせる 日本の民話 大川 悦生 著
実業之日本社 刊
坪田譲治の、子どものために命をなくした「きつねとぶどう」や、新美南吉の、
人間と子ぎつねの心あたたまるやりとりを描いた「手袋を買いに」なども、ぜひ
読んであげたい童話です。
また、小川未明の、信仰とは何かを考えさせられる「頭を下げなかった少年」
(最後の一言が鮮やかです)や、献身的な子育ての後に子猫の幸せのために
姿を消す親猫を描いた「どこかに生きながら」も、見た目の美しさより、実用を
重んじて作った茶わんを褒める「殿様と茶わん」、神様からの授かりものといっ
て可愛がっていた娘を売り飛ばし、報復を受ける老夫婦を描いた「赤いろうそ
くと人魚」などの童話は、大人が読むべきで、キザな言葉で照れますが、心が
洗われます。
お母さん方にお勧めしたいのは、「小川未明童話集 赤いろうそくと人魚 新
潮文庫」です。
ちなみに、日本語の表現の多彩さを少々。
春雨、五月雨(さみだれ)、夕立、俄雨(にわかあめ)、驟雨(しゅうう 夕立の漢
語的表現)、秋雨、時雨(しぐれ 秋から冬にかけて降る通り雨)氷雨、雨雪
(みぞれのこと)、四季折々の雨、やはり、日本人の感性は繊細ですね。
雨で忘れられない童謡があります。当時(昭和20年代)、私達は蛇の目の傘
をさしていました。中心部と周辺を黒、紺、赤色に塗り、中を白くして蛇の目の
形を表した傘で、竹骨に紙を貼り、油をひいた粗末なものでした。
あめふり
北原白秋 作詞 中山晋平 作曲
あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかい うれしいな
ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
かけましょ かばんを かあさんの
あとから ゆこゆこ かねがなる
ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
あらあら あのこは ずぶぬれだ
やなぎの ねかたで ないている
ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
かあさん ぼくのを かしましょか
きみきみ このかさ さしたまえ
ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
ぼくなら いいんだ かあさんの
おおきな じゃのめに はいってく
ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン
2行目の「おむかい」は、原詩は歴史的仮名遣いの「オムカヒ」になっており、
「おむかい」と読みます。昔の日本語は、書き方と読み方が違うからですが、東
京方面の古い方言で、「おむかえ」がなまって「おむかい」になったそうです。
発表された大正14年頃、白秋は小田原に住んでいたので、この言葉を使っ
たのですが、「改訂版 しょうがくせいおんがく」(昭和33年発行)から「おむか
え」に変えて掲載。このときから「おむかえ」と歌い始めたそうです。(「Yahoo!
知恵袋」より要約)
繰り返しますが、童謡は情操の発達と深いかかわりを持つ、思い出のしみこむ
「成長の記録」ではないでしょうか。お子さんが一緒に歌える童謡、あります
か。
全く手入れをしない我が家の紫陽花は、けなげにも花を咲かせ、きちんと季節
を伝えてくれています。紫陽花には雨が似合いますが、梅雨入りしませんね。
昨年は6月7日に梅雨入りしましたが、さて、今年はどうなるでしょうか。メルマ
ガが配信される頃になるのでは……。
(次回は「七夕祭りでしょう」についてお話しましょう)